Sunday, 16 November 2014

猿の惑星: 新世紀(ライジング)

Toru Tachibana

『猿の惑星: 創世記』の続編ということもあり、これは見ておかないとと思い、『猿の惑星: 新世紀(ライジング)』を見た。

詳細は公式サイト並びにウィキペディアでどうそ。


前作同様、見入ってしまうのだが、何に見入ってしまうかというと、猿の表情や動き。

特にシーザーの息子ブルーアイズなんて、人間そのものだね。


人間そのものと言うと、やはり、この作品は、猿も人間も何も変わらないということだろうか。

その猿は人間並みの知性を持っているという大前提がある。

猿も人並みに感情や頭脳を持ってしまうと、その感情に縛られ(特にコバが良い例)、我欲のために仲間を犠牲にしたりするわけだ。


この人並みに知能を持った猿という設定がストーリーを面白くさせているのだが、結局は人間対人間なのであり、動物との共存や戦争かといった問題よりも、幾つもある人間が作り上げてきた王国同士の共存か戦争という含みがあるのだろうと私は思う。

どちらかが領域を侵してしまうなら、そこに共存はない。従うか戦うしかないのである。

シーザーの仲間を犠牲にしたくないという思い、家族を守りたいという願いはまさに人間的であり、共感できるのだが、集団となればみんながみんな同じ考えであるわけもなく、復讐心に燃えるコバのように我欲だけで押し切ってしまう者もまたいるわけであり、運命とは皮肉なもので、王国の大事がそのような輩によって動かされてしまうのである。


そんな輩が国同士を戦争に導き、どちらも後には引けぬとなる。

家族を取り戻したシーザーは、群れの中に仁王立ちになって立つ。

彼の目は何を見つめているのか。


ただストーリー展開が見えてしまい、正直映像を楽しむことに終始した部分もあるのだが、分かり合えないはずの人間と猿が、『信頼』という絆で互いを理解し結ばれるシーンはやはりウルウルと来る。


更なる続編が待ち遠しい。


猿の惑星:新世紀(ライジング)


Toru Tachibana / Author & Editor

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